野口晴哉は”整体”という言葉を創った野口整体の創始者です。私は野口整体はやりませんが、野口晴哉の言うことは治療においてとても参考にしています。野口晴哉は幼い頃からの人間観察と生まれ持った霊的能力で、体癖の分類や、言葉による無意識への働きかけ(暗示法)、気を送って体を整える癒気法などを一般の人の為に編み出しました。
前回の痛みについての続きですから、痛みについて触れた著書から抜粋します。”人間の探求”より。
「本当を言うとみんな子宮の収縮する感じを痛いと間違えてゴタゴタにしているのです。だから心が注意を集めて収縮していく行程を見ようという客観的な立場をとった時は、はっきり収縮しか感じないのです。痛みというものは主観的に感じている時だけ痛みなのです。だからその収縮の行程を見ようとする客観的な立場に立つとそれは途端に収縮という感じに化けてしまう。ソオッと抓れば縮む感じですね。不意にフッと抓られれば痛い感じですね。自分でこう抓ってみるとどこまでいっても収縮する感じです。不意に人から抓られると痛いのは自分で見ていないからハッと咄嗟の主観的な感じしかしないからです。」
野口晴哉の言葉はいつも明快でリズムがあってなんとも爽やかな読み心地です。これはお産の痛みについて説いた言葉ですが、痛みについて考える大きなきっかけとなりました。主観と客観というのは実際やろうとすると自分の中の恐れや緊張に向き合うことになります。自分で痛い思いをした時に試すようになり、物質体としての自分を見下ろす霊的な自分に立ち位置を変えることでかなり痛みに強くなりました。霊的、とか物質体とかまた新しい言葉を出してしまいましたが、これについてはまた今度。